人事評価自体はそれほど難しくない。

投稿日 20171206

投稿者 T.K

 

 人事評価は、人事制度の中でもっとも「悩ましい」ものであり、職場の管理監督者にとっても「やや重荷」になっているかも知れません。しかしながら、日常的な部下マネジメントのサイクルをきちんと廻してさえいれば、「人事評価」自体はそれほど難しいことでも重荷になるようなことでもないはずです。

 

(1)人事評価に対する不信や不満に耳を傾ける。

 

 ① 人事制度への不信や不満

 「人事評価制度そのものが不要」という意見さえあります。しかし、少なくとも組織的協働において、評価制度が無くなっても評価自体は行われるし、目標管理制度を無くしても目標を掲げて仕事をすることの意義は決して無くなりません。

   

 ② 人が人を評価することへの不信や不満

 そもそも上司-部下間にコミュニケーションが成り立っているか、指示と報告という関係が成り立っているか、上司によるデシジョン、オリエンテーション、モチベーションというマネジメント機能が発揮されているか、というのも人事評価制度以前の問題です。

 

 ③ 人事評価の結果に対する不信や不満

 評価自体が適切にフィードバックされ、本人のモチベーションにつながっているかという問題です。評価者にも被評価者にも厳格化傾向と寛大化傾向がありますので、双方の評価観のギャップは大きく、これを埋める努力が必要です。人事評価は必然であり制度はそれをルール化したものです。あとはその運用次第です。 

 

(2)そもそも「何のために」人事評価を行うのかということへの共通理解を得る。

 

次世代のリーダーを選び出すために人事評価を行う。

 人事マネジメントの役割のひとつは、事業を将来にわたって維持発展させるために、その経営を託すべき人を選び出すことです。人事評価は「誰が次世代のリーダーとして相応しいか」を選び出すプロセスです。

 

有限な経営資源を適正配分するために人事評価を行う。

 等級昇格や役職昇任、昇給や賞与の配分も、有限の経営資源を何に応じてどのように配分するのが効果的で納得感があるか、という問題です。「人事評価」はそうした有限の経営資源の配分の基準になります。

 

③構成員の育成の促進やモラールアップのために人事評価を行う。

 事業にとってその構成員のモラール(=仕事の完成や自分の成長に向けた意欲や動機づけ)が高いということが何より重要です。構成員の努力や成果への「人事評価」を行い、これを適正にフィードバックすることが必要です。

 

(3)絶対的に「正しい」人事評価である必要はない

 「真実の」もしくは「真正な」という意味での「正しい」人事評価というものはあり得ないし、必ずしもそうである必要はない、というのが30年間以上も人事評価にかかわってきた筆者のいつわらざる所感であり、その理由は以下のとおりです。

 

 ① 人事評価は企業の一定の目的を達成するための行為であるから

   ・ 企業の目的や価値を示し、働く人たちを動機づけ、成長を促進するという目的

 ② 人事評価は企業の有限な経営資源を最適分配する行為であるから

   ・ 評価に基づく昇任や昇給や賞与の原資はいずれも有限の経営資源であるから

 ③ 人事評価は評価者による主観的な心証や判断に基づくものだから

   ・ 評価者による観察-指導-育成(成長の促進)というサイクルの中で行われる

 

(4)信頼性・妥当性・納得性の高い評価である必要はある。

   

 勿論だからと言って、人事評価が企業や評価者の恣意や専横や曲解に基づくものであって良いわけがなく、一定の原則やルールに基づいて、一定の適格性のある評価者によって行われなければ、人の動機付けも、人の成長の促進もできません。

 

 ① 誰が評価しても概ね同様の(信頼性のある)評価が得られる。

   ・ 事実の観察に基づき、原則やルールを遵守すれば信頼性のある評価が得られる。

 ② 何度評価しても概ね同様の(妥当性のある)評価が得られる。

   ・ 複数人が複数年を通じて観察・評価すれば、妥当性のある評価が得られる。

 ③ 本人が評価しても概ね同様の(納得性のある)評価が得られる。

   ・ 組織協働性や自己認識が適確な本人に聴けば納得性のある評価が得られる。

 

 つまり、「真実の」もしくは「真正な」という意味での「正しい」人事評価というものはあり得ないし、必ずしもそうである必要はないが、信頼性と妥当性と納得性の高い人事評価を行うことはできるし、そうすべきであるというのが筆者の結論です。

 

(5)人事評価の「納得性」を高める。

 

 ①「何を評価するか?」について納得性を高める。

 

 人事評価は「人を評価する」ものではあっても、人の全人格的要素を評価するものではありません。筆者が推奨する「人事評価の対象要素」は、以下の三要素ですが、いずれにしても「何を評価するか?」は、評価者にも被評価者にも周知徹底が必要です。

 

 1)組織的な協働を促進する職務遂行上の「態度」

 2)組織的な協働において発揮される「能力」

 3)組織的な目的の達成や価値の実現への貢献度たる「実績」

 

 *これらを「一定の評価対象期間」を通じた観察と記録に基づいて評価するのが人事評価です。

 

 ② 「誰が評価するか?」について納得性を高める。

 

 人事評価は「人が評価する」ものですのが、裁判とは違って、通常、本人と特定の関係にある「本人の上司」が評価者として行うものです。ただし、両者の間には、次のような関係が成り立っていなければなりません。

 

 1) 日常的な双方向のコミュニケーションに基づく信頼関係

 2) 上司による指示と部下からの報告(レポート・ツー)の関係

 3) 上司による部下に対する日常的な観察と指導(但し部下の成長段階に応じて)

 

 また、評価者には次にような適格性が求められます。

 

 1) 場合によっては人の一生を変えてしまいかねないという「評価」への謙抑性

 2) 有限な経営資源(昇格・昇任・昇給)を「最適配分」するという経営感覚

 3) 客観的な事実と自らの心証に基づいて判断を下すという責任感と判断力 

 

 ③ 「どう評価するか?」について納得性を高める。

 

 「どう評価するか?」というのは、単に手続き的なことを言うのではなく、評価者が評価を行うにあたって守らなければならない評価の諸原則やルールであり、評価者として陥りがちな認知誤差の回避努力です。

 

<評価の諸原則>

 1)報告なければ評価なし(上司と部下の間に指示-報告の関係が必要)

 2)信頼なければ評価なし(上司と部下の間に信頼関係が必要)

 3)基準なければ評価なし(上司が評価を行う際の基準や尺度が必要)

 4)事実(観察)なければ評価なし(上司が観察・記録した事実に基づいて評価する)

 5)指導なければ評価なし(上司の観察に基づく指導を前提に評価する)

 6)育成なければ評価なし(上司からのフィードバックによるて動機付けと成長促進)

 

<評価者が回避すべき認知誤差>

 1)対比効果(評価者が自分を基準にしてしまう。)

 2)初期印象効果(評価者の第一印象があとを引く。)

 3)ハロー効果(部分的な特徴的心証を全体評価に及ぼしてしまう。)

 4)中心化傾向(どちらとも言えない、という「無難な」評価に偏る。)

 5)寛大化(厳格化)傾向(寛大な評価者と、厳格な評価者に分かれる。)

 6)近接(期末)誤差(評価期間の末期にみられたことがらに影響を受ける。)

   

 <追記事項>納得性の低い評価

 

① 評価者によって極端に違う評価は納得性が低い

 

 … 上司(評価者)が異動しても本人の態度や能力や実績は大きく変動しないはずですので、上司の異動によってある程度評価の変動はありえても、極端に変動するのは納得が得られません。上司が交替する場合には部下に対する評価記録の引継が必要です。

 

 また、「評価は一度でするな、一人でするな」が原則です。何度も何度もその人の態度や能力や実績を振り返り、できれば複数の評価者間で意見交換しながら、また、本人の自己評価をふまえながら、評価をより信頼性と妥当性と納得性の高いものに導いて下さい。

 

② 時期によって極端に違う評価は納得性が低い。

 

 … 評価には長期的な育成の観点と、短期的な応報の観点が必要です。態度や能力は短期的にはそれほど大きくは変化しないはずですので、比較的長期的な育成観点での評価に馴染み、前年とあまり大きく異なる評価は納得を得にくいでしょう。

 

 実績は短期的に変動しうる評価要素であり、比較的短期的な応報観点での評価に馴染み、前年との連続性をそれほど意識しなくても良いでしょう。しかし、「常に高い業績を挙げ続ける人」(その逆の人)はいますので実績評価にも長期的観点が必要です。

 

 ③ 説明のできない評価は納得性が低い。

 

 … 判決にも判決理由があるのと同じように、人事評価にも評価理由の説明があってしかるべきです。どのような事実に基づいて、どのような観点で、どのように評価したかを被評価者本人にご説明下さい。

 

 本人の自己評価より高い評価や、本人の自己評価と同じ評価は説明しやすく、本人の自己評価より低い評価を説明するのは難しいでしょうが、時間をかけてしっかり説明して下さい。合意を得る必要はありませんが、納得を得る必要があります。  

 

(6)結局、人事評価とは事業への貢献度評価である。

 

 ここまで延々と述べてきましたが、結局のところ「人事評価とは何か?」と改めて問うならば、それは、病院事業なら病院事業が達成しようとしている目的や実現しようとしている価値に事業の構成員がどれだけ貢献しているかという「貢献度評価」がその本質だと言えると思います。

 

 そのことは、事業や組織を率いるトップマネジメントの眼には明らかなはずですし、実はその組織で一緒に働く他の構成員たちの眼にも自明です。その意味で、「評価は既に行われている」のであって、人事評価制度はそれをそもまま「引き出す」しくみでしかなく、原理的にはそれほど難しいことではありません。